June 26 2005
家中が昼寝してをり猫までも
五十嵐播水
季語は「昼寝」で夏。この蒸し暑さで、例年より早く昼寝モードに入ってしまった。昼食後、すぐに一眠り。建設的な習慣はなかなか身につかないが、こういうことだとたちまち身になじんでしまう。心身が、生来無精向きにできているようだ。さて、掲句。まことに長閑で平和な情景だ。屈託のない詠みぶりとあいまって、解釈の分かれる余地はないだろう。気がつけば、自分を除いて「猫までも」が熟睡中だ。ならば当方もと、微笑しつつ作者も枕を引き寄せたのではあるまいか。ただし、人間を長くやっていると、こうした明るい句にもちょっぴり哀しみの影を感じるということが起きてくる。すなわち、長い家族の歴史の中で、このように一種幸福な状態は、そう長くはつづかないことを知ってしまっているからだ。そのうちに、いま昼寝をしている誰かは家を出て行き、誰かは欠けてゆく。家族の歴史にも盛りのときがあり、句の家族はまさに盛りの時期にあるわけだけれど、哀しいかな、今が盛りだとは誰もが気がつかない。後になって振り返ってみて、はじめてこの呑気な情景の見られたころが、結局は家族のいちばん良いときだったと思うことができるのである。切ないものですね。あなたのご家庭では、如何でしょうか。『新歳時記・夏』(1989・河出文庫)所載。(清水哲男)
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