旅館朝食の定番なり。しかし、家庭でこんな朝ご飯を食べている人は少ないでしょうね。




20050606句(前日までの二句を含む)

June 0662005

 天井に投げてもみたり籠枕

                           岩淵喜代子

語は「籠枕(かごまくら)」で夏。竹や籐(とう)で籠目に編んで、箱枕やくくり枕の形につくったもの。私は持っていないけれど、見た目には涼しそうだ。さて、作者はその枕を「天井」にまで投げ上げてみたとがあると言うのである。思わず笑ってしまった。が、笑った後に、何かしんとした感情も残った。作者が枕を投げ上げたのは、べつに意味あることをしようとしたからではない。ほとんど衝動的に放り上げたのだろうが、こうした衝動は、それが引き起こす行為の過程や結果に意味があろうがなかろうが、人間誰もに自然にわいてくるものだろう。つまり、枕を投げ上げた行為は突飛に写るとしても、その行為の根にある衝動は万人に思い当たる態のものなのである。だから、笑ったのは直接的には作者の不可解な行為に対してなのだが、笑いの対象は、まわりまわれば実は自分自身のこれに似た行為に対してであるということになってくる。このように、その場に誰かがいあわせたとしたら、なんとも不可思議に写るであろう行為を、私たちは日常的に繁く行っているはずである。ひとりでいる気安さからではあるとしても、しかし、こうした行為を抜きにしては、社会的世間的な他者との緊張した交流もまた無いのだと、私は考えている。したがって、しんとせざるを得なかった。そしてまた句に戻り、そこでまた笑ってしまい、それからまたしんとなる……。『硝子の仲間』(2004)所収。(清水哲男)




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