May 16 2005
白靴の埃停年前方より来
文挟夫佐恵
季語は「白靴(しろぐつ)」で夏。「前方」には「まへ」のルビあり。私は停年を経験していないが、わかるような気がする。一日働いて帰宅し靴を脱ぐときに、うっすらと埃(ほこり)がついているのに気がついた。白靴だからさして目立たないとは思うけれど、その埃を言うことで、日中働いてきた作者の充実感と、伴ってのいささかの疲労感を象徴させているのだろう。そんな日々のなか、だんだん停年退職の日が近づいている。ついこの間までは、まだまだ先のことだと思えていたのが、最近ではどんどん迫ってくる感じになってきた。停年の日に向かってこちらが歩いていっているつもりが、なんと停年のほうからも自分に歩み寄ってくる。それも「前方より」というのだから、有無を言わせぬ勢いで近づいてくるのだ。玄関先でのほんの一瞬の動作から、呵責ない時の切迫感を詠んだ腕の冴え。あるいはまた、この白靴は自分のではなく、ご主人のものだとも解釈できるが、そうだとしても句の冴えは減じない。いま調べてみたら、掲句は作者五十代はじめの句集に収められていた。昔の停年は五十歳と早かったので、ううむ、どちらの靴かは微妙なところではある。『黄瀬』(1966)所収。(清水哲男)
『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます
|