April 27 2005
井の底に人声のする暮春かな
福田甲子雄
季語は「暮春(ぼしゅん)」、「暮の春」に分類。春も終わりに近いある日、「井の底に人声」がしている。井戸浚(いどさら)えをしているのだろう。俳句で「井戸浚」あるいは「井戸替」といえば夏の季語だが、実際はとくだん夏に決まったものではない。夏の季語としているのは、その昔盆の前に水をきれいにしておく習慣や行事があったからだ。七夕の日が多かったようである。井戸の水を干して、底に溜まった塵芥を人の手でさらう。その人の声がときおり地上に聞こえてくるわけだが、あれはなんとも不思議な気がするものだ。私も、子供の頃に何度か体験した。ふだんは聞こえてこない地の底からの声であり、それが細い筒状の井戸に反響して上がってくるので、少しく浮世離れした感じがするのである。といっても決して不気味なのではなく、むしろのんびりした長閑な声とでも言うべきか。それが往く春の風情に無理なく溶け込んできて、おそらく作者はこのとき微笑を浮かべていたに違いない。ご存知の方も多いだろうが、作者は一昨日(2005年4月25日)未明に亡くなられた。享年七十七。俳人には長命の方が多いので、なんだかとてもお若く思われてしまう。つつしんでお悔やみ申し上げます。合掌。『白根山麓』(1998・邑書林句集文庫)所収。(清水哲男)
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