April 26 2005
煙草すう男に寒き春の昼
大井雅人
季語は「春(の)昼」。のどやかで、ちょっと眠りを誘われるような春の昼だ。男が煙草をすっている。すっているのは、もしかすると作者当人かもしれない。すっている場所は、屋外でも室内でもかまわない。句の背景には、最近の声高な嫌煙権の主張があるのだと思う。愛煙家はどこに行っても、禁煙を強いられる。だからすうとなると、申し訳程度に設置された喫煙所ですわざるを得ないわけだ。なかには、その一画だけを透明なビニールのシートで覆った喫煙所さえある。中ですっていると、なんだかさらし者になっているようで、愉快ではない。が、喫煙所が建物のなかにあればまだよいほうで、ビルの裏口に灰皿一個なんてところまである。すいたい連中は、高い階からでも降りてきてすうのだが、これまた哀れな気分もいいところだ。だから「男に寒き」とは、気温の問題ではなく、そうした肩身の狭い思いを言っているのだ。暖かい春の昼ですら、たばこをすうときは「(うそ)寒い」のである。私は「キャスター・マイルド」を日に一箱くらいすうから、掲句はこう解釈するしかないのだが、何か別の解釈ができるのだろうか。それにつけても不思議に思うのは、煙草は身体に毒だという人が、車には平気で乗って所構わず排気ガスを蒔き散らしている現実だ。排気ガスは、ニコチンなどよりもよほど毒性が少ないとみえる。いまの私は、いささか不機嫌である。「俳句」(2005年5月号)所載。(清水哲男)
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