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20050403句(前日までの二句を含む)

April 0342005

 ごはん粒よく噛んでゐて桜咲く

                           桂 信子

く噛んでたべなさい。「ごはん粒」は三十回くらい噛むと、甘みが出てきておいしいし、身体のためにも良いのです。子供の頃に、何度も先生からそう言われた。で、三十回ほど噛んでみると、口中のごはん粒はとろとろの液状になり、なるほど甘みが出てくる。たしかに、おいしい。とは思ったけれど、ついによく噛むことは身につかなかった。三十回も噛むというのは意識的な行為だから、食事中は噛むことだけに集中しなければならない。うっかり他のことに思いが行ったりすると、何度噛んだかわからないうちに呑み込んでしまうことになる。すなわち、よく噛もうとする強い意識は、極端に言えば食事全体の楽しさを奪ってしまいかねない。そんなことを気にせずに食べることは、また別の楽しさを伴ったうまさをもたらすのだからだ。掲句は、作者七十歳ころの作品。一般的には、もう子供の頃のような歯よりはだいぶ衰えている年齢である。したがって、逆に噛むことには意識的になってきているのであり、うまさよりも健康のことを考えて、よく噛むことを心がけておられたのだろう。といっても、食事のたびに意識的であるのではなく、時々それこそ昔の先生の教えを思い出したりしてよく噛んでみている。そして、そのようにしていると一種の充実感が芽生えてくる。その充実感を、ごはん粒とは何の関係もない「桜」の開花に結びつけたとき、いっそう晴れやかな気分が立ち上がってきたというわけだ。この「桜」はいま現在の花でもあり、よく噛みなさいと言われた時分の花でもあるだろう。そう読むと、この句には咲き初めた桜のようなうっすらとした哀感が滲んでいるような気もしてくる。『草樹』(1986)所収。(清水哲男)




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