March 12 2005
老人の立つまでの間の虻の声
清水径子
季語は「虻(あぶ)」で春。歳を取ってくると,どうしても動作が緩慢になってくる。口悪く言えば、ノロ臭くなる。作者の前で,いましもひとりの「老人」がのろのろと立ち上がっているところだ。「よっこらしょ」という感じが、なんとも大儀そうだ。と、そこにどこからともなく「虻の声」がしてきた。作者はいわば本能的に警戒する構えになっているが、老人のほうは立ち上がるのが精一杯という様子で,虻の接近を知ってか知らずか,全く警戒する風ではない。ただそれだけのことながら、この句には老人の身体のありようというものが見事に描かれている。といって,哀れだとかお可哀想になどという安手な感傷に落ちていないところが流石である。年寄りの緩慢は、敏捷な時代の果てにあるものだ。だから、身体のどこかの機能には敏捷な動きが残っている。すべての機能が平等に衰えてくるというものではない。したがって、このときにもしも老人に虻が刺そうとして近づいたとしたら,彼は長年の経験から,ノロ臭いどころか手練の早業で叩き落としてしまうかもしれない。あえて言えば,老人の身体にはそうした不可解さがある。若い者にはときに不気味にすら思えたりするのだが,そうしたことまでをも含んだ「立つまでの間」なのだ。他ならぬ私の動作も,だんだんノロ臭くなってきた。だから余計に心に沁みるのかもしれない。また掲句からは,俳句の素材はどこにでもあることを、あらためて思い知らされたのでもあった。『清水径子全句集』(2005)所収。(清水哲男)
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