February 21 2005
排水口にパーの手が出るおぼろ月
三宅やよい
季語は「おぼろ月(朧月)」で春。やわらかな薄絹でも垂れているような甘い感じの月の夜に、なかば陶然としながら歩いていると、突然眼前の「排水口」からにょきっと「パーの手」が出てきた。もちろん想像の世界を詠んだわけだが、この想像は怖い。出てきたのが手でなくても怖いけれど、それもジャンケンのパーの形の手だというのだから、そこには手を出した正体不明者のからかいの気分が込められているようで、余計に怖く感じられる。実景だったら、声もあげられずに立ちすくんでしまうだろう。掲句から思い出したのは、映画『第三の男』のラストに近いシーンだ。麻薬密売人のオーソン・ウェルズが地下水道のなかで追いつめられ、背中をピストルで撃たれる。それでも必死に逃げようとして、地上に通ずる排水口を押し上げるために、鉄枠を握りしめる場面があった。カメラはその手を地上から撮っていて、いったんは握りしめていた手がだんだんと力弱く開いていき、間もなく見えなくなってしまう。彼の死を暗示する秀逸なカットだったが、これも見ていてぞくっとするくらいに怖かった。この場合は正体不明者の手ではないのだが、しかし常識ではあり得ないはずのことが目の前で起こるということは、やはり心臓にはよろしくないのである。ひっかけて言えば、この句は季語「おぼろ月(夜)」の常識を逆手に取ることで、ユニークな作品になった。この発見は凄い。『玩具帳』(2000)所収。(清水哲男)
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