February 18 2005
るいるいといそぎんちやくの咲く孤独
土橋石楠花
季語は「いそぎんちゃく(磯巾着)」で春。春に多く見られることから。早春の海辺の情景だろう。吹く風は冷たく、あたりに人影もない。そこここの岩陰に目をやると、あそこにもここにも「るいるいと」磯巾着が菊の花のように開いているのが見えた。赤や紫、緑色などをしたそれらは、ただじいっとして餌がやってくるのを待っているのだ。とりどりの体色がにぎやかなだけに、かえって寂寥感がある。数だけはたくさんいるけれど、決して群れているふうには感じられない。お互いに関わりのない雰囲気で、それぞれが岩にへばりついている。言うならば「孤独」の寄せ集まりだ。「るいるい」たる「孤独」が、作者の眼前に展開しているばかりなのである。磯巾着はどこか愛敬のある生物として詠まれることが多いが、このようにストレートに孤独とつなげた句は珍しい。おそらくこの「孤独」は、このときの作者の心奥のそれにつながっていたのだと思う。余談ながら、磯巾着は意外に長命なのだそうだ。いままで飼育された最長記録は65年に達し、多くの大形の種類のものは野外では100年近く生きるものと考えられている。句の作者のポエジーと直接関係はないのだけれど、こういうことを知ると、もはや老齢の磯巾着が「るいるいと」いる様子も想像されて、いっそう「孤独」の文字が目にしみてくる。掲句は、各種『歳時記』に収載。(清水哲男)
『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます
|