公衆電話の撤去が加速化。郵政民営化の暁には過疎地の郵便ポストが消えてゆくだろう。




20050122句(前日までの二句を含む)

January 2212005

 山門の被疑者の写真雪催

                           久松久子

語は「雪催(ゆきもよい)」で冬。寺の楼門にまで指名手配のポスターが貼ってあるとは、今まで気づかなかった。でも、観光客がたくさん集まるような名刹の「山門」であるならば、全国各地から人が訪れて来るので、「被疑者」情報を得る絶好のメディアではありそうだ。プロが考えることは、やはり一味も二味も違う。折りからの「雪催」。それでなくとも愉快ではない寒々しい手配ポスターが、雪催いとあいまって、余計に寒さを助長してくるのである。こうした手配写真に目が止まるとき、むろん人の反応は様々だろうが、多くはそう単純ではないだろう。誰もが、警察的な正義の味方として見るわけではあるまい。個人的には見ず知らず縁もゆかりも恨みも無い被疑者なのだから、こんな寒空の下のどこでどうやって隠れているのか、息をひそめているのかなどと、同情とまではいかなくても、ある種のシンパシーを覚えてしまうこともある。追われるのは自業自得ではあるにしても、大組織がしゃかりきになって一個人を追いつめることについては、どこか釈然としないものが感じられるからだろう。これがもし自分であれば、どう逃げているのだろうか。そのあたりまで、私はたまに想像が及ぶこともある。句の作者がどう感じたかの詳細は知る由もないけれど、やはりそこには単純でない想いがあったのだと思う。情景も灰色ならば、心のうちも灰色である。『青葦』(2004)所収。(清水哲男)




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