December 03122004

 廚の灯おのづから点き暮早し

                           富安風生

語は「暮早し」で冬。年の暮れのことを言うのではなく、冬時の日暮れの早さを言う。「短日」の傍題。句のミソはむろん「おのづから点(つ)き」にある。いかにも言い得て妙。「廚(くりや)の灯」が「おのづから」点くことなどないわけだが、まだこんな時間なのにもう灯が点いているという小さな驚きが、それこそ「おのづから」口をついて出てきた恰好だ。昔の食事の仕度にはかなりの時間を要したので、どの家でもたいがいは台所から点灯されたものである。それに、台所自体が昼でも薄暗い構造の家が多かった。めったに使わない客間などを明るく作ったのは、いったいどんな考えからなのだろうかと、いまどきの若い人なら訝しく思うに違いない。が、現代的なダイニング・キッチンの意識が定着してから、かれこれ三十年くらいだろうか。こうした俳句の味が実感的にわかる人は、まだたくさんおられるけれど、いずれは難解句になってしまいそうだ。あたりがある程度の暗さになると、本当に電気が「おのづから」点く装置(我が西洋長屋の廊下には、何年も前から取り付けられている)も、そのうちに普及してくるだろうし、そんなことを考えると掲句の寿命も目の前である。古い日本の抒情の池も、急速に干上がってきつつあるということだろう。(清水哲男)




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