October 13102004

 赤い羽根つけてどこへも行かぬ母

                           加倉井秋を

語は「赤い羽根」で秋。厳密に言うと、募金期間は大晦日までなので冬の季語として使ってもよいわけだが、普通は賑々しい街頭募金の行われる秋に限定して使っている。句の「母」は明治生まれ。いわゆる職業婦人は別として、昔の専業主婦はめったに外出はしなかった。いや、できなかったと言うべきか。大正初期生まれの私の母も、よほどのことがない限り、いつも家にいた。そんな母が、赤い羽根をつけている。羽根は募金をした印なのだから、外出しなければ必要がない。意味がない。でも彼女は、「どこへも行かぬ」のに律儀に胸につけて家の中で立ち働いているのだ。愚直なほどに古風な女性像が浮かび上がってくる。たまにはお母さんも、家のことなど放っておいて外出すればいいのにと、優しく母を思いやる気持ちの滲んだ句だ。ここで理屈っぽい人なら、何故どこへも外出しない人が赤い羽根を所持しているのかと訝るかもしれない。回答は簡単で、彼女は各家庭をまわってくる募金ボランティアに応じただけの話である。派手な駅頭などでの募金は募金額の総体に比べればわずかなもので、主たる収入源は家庭や企業に訪問しての寄付募金だと関係者に聞いたことがある。単純に考えても、駅頭での募金額と玄関先でのそれとでは一桁は違ってきそうだ。ましてや相手が企業ともなれば、数桁の差は見込めるだろう。脱線しそうになってきたのでこのあたりで止めておくが、それにしても赤い羽根をつけて歩いている人をあまり見かけなくなってきた。今日もつけているのは、一部の国会議員くらいなものではなかろうか。『炎還・新季語選』(2003)所載。(清水哲男)




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