20040820today句

August 2082004

 曼珠沙華人ごゑに影なかりけり

                           廣瀬直人

語は「曼珠沙華(まんじゅしゃげ)」で秋。植物名は「ひがんばな」。別名を「死人花(しびとばな)」とも言うが、これは葉が春に枯れることから「葉枯れ」を「わかれ」と訛って、人と別れる花の意としたらしい。こうなると、もう立派な判じ物だ。ついでに「捨子花」の異名もあって、こちらは「葉々(母)に別れる」の謂いだという。いずれにしても、昔から忌み嫌う人の多い花である。だから墓場によく見られるのか、逆に墓場のような場所によく自生していたから嫌われるのか。句の情景も、おそらく墓場ではないかと思う。都会の洒落た霊園などではなく、昔ながらの山国の田舎の墓場だ。霊園のように区画もそんなに定かではないし、どうかするとちゃんとした道もついていない。周辺には樹々や雑草が生い茂り、曼珠沙華が点々と燃えるがごとくに咲いている。聞こえてくるのは蝉時雨のみというなかで、不意にどこからか「人ごゑ」がした。思わずもその方向を目をやってみたが、それらしい誰の姿も見えなかった。「影」は「人影」である。作者が墓参に来ているのかどうかはわからないが、それはどうでもよいことなのであって、山国のなお秋暑い白日のありようが、ちょっと白日夢に通じるような雰囲気で活写されていると読むべきだろう。私には田舎での子供時代の曼珠沙華の様子を、まざまざと思い出させてくれる一句であった。『朝の川』(1986)所収。(清水哲男)




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