京都東京間が9時間の時代。通路にも座れず立ちっぱなしで帰省したことも。若かった。




2004年8月5日の句(前日までの二句を含む)

August 1182004

 灼けそゝぐ日の岩にゐて岳しづか

                           石橋辰之助

語は「灼け(灼く)」で夏。「垂直の散歩者」連作十二句の内、つまり岩登りを詠んだ作品だ。山好きの詩人・正津勉の近著『人はなぜ山を詠うのか』で知った句だが、作者は山を花鳥諷詠的に詠むのではなく、実際に山にアタックしながら詠んでいる。したがって、彼の句には想像などではとても及ばないリアリティがあって力強い。山をやらない私のような読者にも、まざまざと伝わってくる。句は、炎天下の「岳(やま)」の岩肌に取っ付いて一息ついているときの感慨だが、この「しづか」にこそ岩登りの醍醐味の一つがあるのだろうと納得させられた。身体全体を使って、征服すべき対象に全力で挑む。日常の世界ではまずありえないことだし、「しづか」もまた日常のそれとはちがい、全身全霊にしみ込むような静謐感である。汗などはみな噴き出してしまった後の、一種の恍惚の状態と言うこともできようか。同書によれば、作者は俳誌「馬酔木」(昭和七年五月)に次のように書いている。「ロッククライミングの精神は火の如く熱烈であり、ときには氷の如く冷徹であらねばならぬ。どうしてもこの二つを詠ひ出さぬ限り満足な作品とは成し得ぬと思ふ。私は山を詠ふとき山に負けまいとする」。山岳俳句という新境地に賭けた気概が、ひしひしと伝わってくる件りだ。今日、彼の系譜を継ぐ登山家俳人はいるのだろうか。『山行』(1935)所収。(清水哲男)




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