20040730today句

July 3072004

 帰省して蛍光燈を替へてゐる

                           田中哲也

語は「帰省」で夏。夏休みで、久しぶりに父母のいる実家に戻ってきた。早速、母親に頼まれたのだろうか。暗くならないうちにと、脚立に上って「蛍光燈を替へている」のである。それだけのことなのだけれど、帰省子の心情が、ただそれだけのことなので、逆に余計によく伝わってくる。私にも体験があるからわかるのだが、とくにはじめての帰省の時などは、遠慮などいらない実家のはずなのに、なんとなく居心地の悪さを感じたりするものなのだ。むろん客ではないが、かといって従来のような家族に溶け込んでいる一員というのでもない。互いに相手がまぶしいような感じになるし、気ばかり使って応対もぎごちなくなってしまう。肉親といえどもが、しばらくでも別々の社会に生きていると、そんな関係になるようだ。だから、こういうときに例えば蛍光燈を替えるといった日常的な用事を頼まれると、ほっとする。すっと、理屈抜きに以前の家族の間柄に戻れるからである。句の「蛍光燈を替へている」が「替へにけり」などではなくて、現在進行形であることに注目したい。いままさに蛍光燈を替えながら、やっとそれまでのぎごちない関係がほぐれてきつつある気分を、なによりも作者は伝えたかったのだと思う。替え終えて脚立から下りれば、もうすっかり従来の家族の一員の顔になっている。『碍子』(2002)所収。(清水哲男)




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