March 2532004

 人の目の真つ直ぐに来る花の中

                           廣瀬直人

の句は数々あれど、これは異色作だ。花見客でにぎわう場所か、あるいは桜並木の通りでもあろうか。ゆったりとした気分で作者が花を賞でながら歩いているうちに、ふと前から来る人の何か周囲の人たちとは違った気配に気がついた。思わず見やったその人は、桜を楽しむ気などさらさらないといった雰囲気で、ひたすら「真つ直ぐ」にこちらに向かって歩いてくるのだった。その様子を「人が真つ直ぐに来る」と言わずに、「人の目」が来ると詠んだところが実に巧みだ。思い詰めたような顔つきだったかもしれないが、その「顔」でもなくて「目」に絞り込んだ凝縮力の鋭さには唸ってしまう。行き交う人々の「目」があちこちの花にうつろっているときだけに、その人の前方を見据えて動かない「目」が際立って見えるのである。「人」でもなく「顔」でもなく、ほとんど「目」のみがずんずんと近づいてくる。言い得て妙ではないか。その人は、べつに思い詰めていたわけではなく、単に道を急いでいただけなのかもしれない。というのも、我が家の近くに東京では桜の名所に数えられる井の頭公園があって、満開の時期にはたいへんな人出となる。公園に通じる舗道はどこも狭いので、押し合いへし合い状態だ。いつだったか、そんな人込みの波を逆流する格好になって、用事のために急いで通ろうとしたたことがあった。しかし、そう簡単には前へ進めない。人並みをかきわけかきわけ、時には突き飛ばしたくなる思いにかられながら急いだ私の「目」は、まさに掲句の「人の目」に似ていたかもしれないと苦笑させられたからなのだ。井の頭の花は、今週末が見頃となる。どうか「目」だけで歩くような急用などが持ち上がりませんように。『朝の川』(1986)所収。(清水哲男)




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