20040324句(前日までの二句を含む)

March 2432004

 梅散るやありあり遠き戦死報

                           馬場移公子

書に「亡夫、三十三回忌」とある。作者は結婚四年目にして夫を失い、養蚕業の旧家を守って生涯を秩父山峡の生家に過ごした。こうした履歴は知らなくても、句は十分に鑑賞に耐え得るだろう。なによりも「ありあり遠き」の措辞が胸を打つ。「戦死」の報せが届いた日のことは、いつだってつい最近のことのように思えていたのが、こうして「三十三回忌」の法要を営むことになり、夫の死がもはやはるかな昔のことになったと思い知らされたのだ。認めたくはないが、これが容赦ない時の流れというものである。この現実にいまさらのように、あらためて「ありあり遠き」と噛み締める作者の孤独感は、いかばかりだったろうか。夫亡き後も、毎春同じ姿で咲いては散ってきた山里の梅の花が、今年はことのほか目にしみる。日本では武士や戦士の死を桜花の散り際に例えてきた伝統があるけれど、残された者にとってはとてもそのようには思えない。例えるならば、むしろ人知れずひっそりと散ってゆく梅花のほうにこそ心は傾くだろう。その意味からも掲句の取り合わせは、読者の心にしみ込むような哀感を醸成している。古い数字だが、1949年の厚生省調査によると、大戦による全国の未亡人数は187万7161人、そのうち子の無いもの31万9402人、有子未亡人で扶養義務者の無いもの29万6105人。生活保護該当者22万7756人。無職者44万6545人。未亡人会数2065となっている。現在ご存命でも80代、90代という年代が大半で、187万余の半数以上の方々は既に鬼籍に入られたことだろう。この数字ひとつを見ても、なお戦争を肯定できる人が何処にいるだろうか。『峡の音』(1958)所収(清水哲男)




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