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March 0832004

 枯れ果ててゆくも四温の最中なり

                           大場佳子

語は「四温(三寒四温)」。古来、歳時記では冬の項に分類してきたが、暦の上での冬の終わりの時期よりも、むしろ立春後に、多くこの現象が見られるのではあるまいか。三日寒い日がつづいたかと思うと、四日暖かい日がつづく。この繰り返しのうちに、だんだん本格的な春が近づいてくる。昨今の東京あたりでは、ちょうどそんな感じだ。この句が載っている句集を見ても、前後には春の句が配されていることから、作者は明らかに早春の季語として詠んでいる。さてこの季節、暖かい日がつづくようになると、人の目は春を告げる芽吹きであるとか花のつぼみであるとか、そういう物や現象に向かいがちになる。それが人情というものだろう。だが、作者は一方で、この季節だからこそ、完全に「枯れ果ててゆく」ものたちがあることに注目したのだった。ひっそりと、誰にも顧みられることのないまま姿を消していく存在へのまなざしは、単に植物だけを見ているのではないようにも思われる。「春よ春よ」と明るいほうばかりを見つめたがる人間界にもまた、ひそやかな死は常にいくらでも訪れてくるのだからだ。といって作者は、一般的に世の人情を風刺しているのではない。そんなつもりは、一かけらもないと思う。あくまでもみずからの胸の内に、ふっとこんな気持ちが兆したのであり、それを直截に詠んだところに、嫌みのない句の世界が静かに成立したと読む。この句を知って、あらためて庭などを眺めてみたくなる人は少なくないだろう。そういう力のある句だ。『何の所為』(2003)所収。(清水哲男)


February 2322014

 思案橋ブルース三寒四温かな

                           瀬戸正洋

し、居住地を自由に選べるなら、長崎に住んでみたい。江戸時代、オランダ人や中国人が駐留していたので、クレオール(混成)文化がいち早く形成されていて、たとえば卓袱(しっぽく)料理や長崎ちゃんぽんに代表されます。また、精霊流しやおくんちといった祭も派手で大がかりです。おくんちは、諏訪神社の氏子祭りですが、これは隠れキリシタンを改宗させて氏子にする目的もあったようで、質素倹約を旨とする江戸時代にしては例外的に派手な祭が許されていたといいます。したがって、多数のキリシタンにとっては受難の地であり、一方で原爆、水害といった痛みを記憶している町でもあるので訪れる者の足を立ち止まらせます。掲句の思案橋は、旧丸山遊郭の入り口で、花街へ行こうか行くまいか、思案のしどころだったことに由来します。1968年、長崎のキャバレーの専属だった中井昭・高橋勝とコロラティーノのデビューシングルにして唯一のヒット曲が「思案橋ブルース」です。この曲は、西田佐知子、美空ひばりらもカバーしており、同時期の長崎で別のキャバレーで専属だった内山田洋とクールファイブもカバーしていてYouTubeで聴けます。行ったり戻ったりの思案橋と、季節のそれの三寒四温。付かず離れず、調べのある句です。『B』(2014)所収。(小笠原高志)




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