February 0922004

 春寒のペン画の街へ麺麭買ひに

                           辻田克巳

なお寒い街の様子を、ずばり「ペン画の街」と言ったところに魅かれた。なるほど、暖かい春の日の街であれば水彩画のようだが、寒さから来るギザギザした感じやモノクローム感は、たしかにペン画りものだ。そんな街に「麺麭(パン)」を買いに出る。焼きたてのパンのふわふわした質感と甘い香りが、肩をすぼめるようにしてペン画の街を行く作者を待っている。このときに、「麺麭」はやがて訪れる本格的な春の小さな比喩として機能している。いや、こんなふうに乱暴に分析してしまっては面白くない。もう少しぼんやりと、寒い街を歩いていく先にある何か心温まる小さなものを、読者は作者とともに楽しみにできれば、それでよいのである。ところでペン画といえば、六十代以上の世代にとっては、なんといっても樺島勝一のそれだろう。彼は最近、戦前に人気を博した漫画『正チャンノ冒険』が復刻されて話題になった。私の子供のころには「少年クラブ」や「漫画少年」の口絵などを描いていたが、画家としての最盛期は戦前だった。当時は「船の樺島」とまで言われたほどに帆船や戦艦の絵を得意にしていて、山中峯太郎、南洋一郎や海野十三などの少年小説の挿し絵には抜群の人気があったらしい。彼の挿し絵があったからこそ、小説も映えていたのだという人もいる。ぱっと見ると写真をトレースしたのではないかという印象を受けるが、よく見ると、絵は細いペン先で描かれた一本一本のていねいな線の集合体なのだ。もちろん下手糞ながら、私には彼や時代物の伊藤彦造を真似して、ペン画に熱中した時期がある。図画の宿題も、ぜんぶペン画で出していた。仕上げるには非常な根気を必要とするけれど、さながら難しいクロスワードパズルを解いていくように、少しずつ全体像に近づいていく過程は楽しかった。そんな体験もあって、掲句の「ペン画の街」は、人一倍よくわかるような気がするのである。「俳句研究」(2004年2月号・辻田克巳「わたしの平成俳句」)所載。(清水哲男)




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