October 01102003

 夜学果て口紅颯とひきにけり

                           岩永佐保

語は「夜学」で秋。灯火親しむの候からの季語のようだ。昔は夜学というと、苦学のイメージが強かった。杉山平一が戦中に出した詩集『夜学生』に、同題の詩がある。「夜陰ふかい校舎にひゞく/師の居ない教室のさんざめき/あゝ 元気な夜学の少年たちよ/昼間の働きにどんなにか疲れたらうに/ひたすら勉学にすゝむ/その夜更のラッシュアワーのなんと力強いことだ/きみ達より何倍も楽な仕事をしてゐながら/夜になると酒をくらつてほつつき歩く/この僕のごときものを嘲笑へ……」。むろん戦後のことになるが、私の通学していた高校にも夜間の定時制があった。中学の同級生が通っていたので、その辛さはわかっていたつもりだ。偉いなあと、いつも秘かに敬意を抱いていた。しかし、昨今の夜学には従来の定時制もあるけれど、一方には小学生の塾があり、資格を取るための専門学校があり、カルチャースクールなどもあって、かつての苦学とはすっと結びつかなくなっている。とはいっても、昼間働いて夜學に通うのは大変には違いない。強い意志が必要だ。掲句の若い女性は、何を勉強しに来ているのだろうか。授業が終わって席を立つ前に、「颯(さっ)と」口紅をひいたところに、彼女の強い意志の片鱗が見える。疲れてはいるけれど、身だしなみは忘れない。きちんとした性格の清潔な女性の姿が浮び上ってくる。うっかりすると見過ごしてしまうような仕草から、これだけの短い言葉で、一人の女性像を的確に描き出した作者の腕前は見事だ。『丹青』(2003)所収。(清水哲男)




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