June 2962003

 ふりかけの音それはそれ夕凪ぎぬ

                           永末恵子

語は「夕凪(ゆうなぎ)」で夏。海辺では、夏の夕方に風が絶えてひどい暑さになる。瀬戸内海の夕凪はとくに有名で、油凪といういかにも暑苦しげな言葉があるほどだ。私は海の近くに暮らしたことがないので、生活感覚としての夕凪は知らない。若い頃に出かけたあちちこちの海岸での、わずかな体験のみである。ただじいっとしているだけで汗が滲み出てくる、あのべたっとした暑さには、たしかにまいった。たいていは民宿に泊まったから、掲句を読んだ途端に、民宿の夕飯時を思い出してしまった。民宿の夕飯は早い。すなわちまだ明るい時間で、ちょうど夕凪のころだ。当時はどこの民宿に行っても、テーブルに「ふりかけ」の缶がどんと置いてあったような……。出てきたおかずだけでは到底足らない食欲旺盛な若者用だったのか、それとも逆に食欲の湧かない人がなんとか飯を食べるためのものだったのか。冷房装置なんて洒落たものはなかったから、じっとりとした暑さのなかでの食事はたまらなかったなあ。句はそんなたまらなさを、さらさらした「ふりかけの音」との対比で表現している。触覚ではなく聴覚を持ちだしてきたところが面白い。センスがいい。しかし、いかに音がさらさらしていたところで、本当に「それはそれ」でしかないのであり、げんなりしている作者の様子が目に浮かぶようだ。可笑しみが、そこはかとなく漂ってくる。『ゆらのとを』(2003)所収。(清水哲男)




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