June 2462003

 昼寝覚電車戻つてゐるやうな

                           原田 暹

語は「昼寝」で夏。昼寝から覚めた後で、一瞬「ここはどこ、私は誰」みたいな状態になることがある。そのあたりの滑稽を詠んだ句は多いけれど、電車の中とは意表を突かれた。車中でのうたた寝も、なるほど昼寝といえば昼寝か。これからの季節、こっくりこっくりやっている人をよく見かける。はっと目が覚めて窓外を見るのだが、どこを走っているのかわからない。おまけに、ぼおっとした頭で懸命に判断してみるに、なんだか目的駅とは反対の方向に「戻つてゐるやうな」気がする。ややっ、こりゃ大変だ、どうしよう……。と、ここで一気に眠気の吹っ飛ばないのが車中のうたた寝というもので、なお作者は車中の人に気づかれないよう平静を装いながら、必死に窓外に目をやっている。このあたりが、実に可笑しい。それもこれもが、私にも覚えがあるからで、こういうときに、次の駅であわてて飛び降りたりするとロクなことにはならない。たいていは、そのまま乗っててもよかったのだ。本当に戻ってしまったのは、一度だけ。ほとんど徹夜で飲んだ後、鎌倉駅から東京駅に向かっていたはずが、気がついたら逆方向の逗子駅だった。途中まで友人と一緒だったので、はじめから方向を間違えて乗ったわけじゃない。明らかに、ちゃんと東京駅に着いた電車が折り返してしまったのだった。誰か起こしてくれればよかったのにと、糞暑い逗子駅で東京行きを待つ時間の長かったこと。以来、終点で寝ている人を見かけたら起こすことにした。『天下』(1998)所収。(清水哲男)




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