May 1652003

 起し絵の男をころす女かな

                           中村草田男

起し絵
語は「起し絵(おこしえ)」で夏。昨日につづいて「死季語」の登場です。極彩色の錦絵、浮世絵に鋏を入れ、芝居の舞台などを立体的に組み立てる遊びで、江戸から大正にかけて流行した。言うなれば、元祖ペーパークラフト。関西では「立版古(たてはんこ)」と呼んだ。夏の縁側などにこれを置き、蝋燭の明かりで楽しんだことから夏季に分類されてきた。句は、子供時代の回想だろう。ゆらめく灯のなかに、いままさに「男をころす女」の姿が不気味に浮き上がっている。母親や近所のおばさん、お姉さんとは違って、こういう怖い女の人もいるのかと凝視した。でも、当時は自覚しなかったけれど、ただ単に怖いというのではなく、どこかでその女の人に魅かれていたことも確かだった。いまだに起し絵の情景を鮮かに思い浮かべられるのは、そんな仄かな性の目覚めがあったからである。と、単純な句柄ながら含蓄のある句だ。ところで、起し絵そのものは昭和期以降急速に廃れていったが、系譜はのちの少年雑誌の組み立て附録として受け継がれ、現代でも紙製ではないけれど、ジオラマ風の展示物として博物館などで見ることができる。図版は、園田学園女子大学のHPより借用した。ちょっと暗くて見にくいが、近松半二作『妹背山婦女庭訓』山の段(吉野川)の組み上げ絵である。『長子』(1936)所収。(清水哲男)




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