May 0952003

 舗装路に黒穂東京都に入れり

                           中島まさを

語は「黒穂(くろほ)」で夏。病気にかかった麥を言うので、分類は「麥」に。いつごろの句だろうか。高度成長期ではあろうが、まだ初期の段階と思われる。作者は地方から列車で出てきて、句の光景を車窓から見ているのだと思う。マイ・カー時代は少し先の話である。東京周辺部ではまだ「舗装路」が珍しかったころなので、舗装路が見えたときに「東京都」に入ったことに気がついたのだ。周辺にはまだ昔ながらの麥畑が広がっているのだが、そのところどころに黒い穂が混じっている。とにかく、畑に勢いがない。環境破壊や公害が表立って問題にされることもなかったころに、いちはやく田舎の人の目はこのようにして、病んでいく東京に気がついていたのだった。「東京」ではなくて、故意に「東京都」としたところが句の眼目であり、痛烈に皮肉が効いている。現在だと、どうだろう。どんな光景に「東京都」に入ったことを感じられるだろうか。もはや、広がっている光景の変化だけで感じ取るのは無理かもしれない。他県との境界にある何らかのモニュメントを知っているか、あるいは山や川の地勢に通じているかしないと、行政区分上の「東京都」への入り口はわからなくなってしまったようだ。「東京都」が周辺に膨張しつづけた結果であり、いまなお膨張はつづいている。『新改訂版俳諧歳時記・夏』(1968・新潮文庫)所載。(清水哲男)




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