April 2342003

 春風や公衆電話待つ女

                           吉岡 実

電話ボックス
まから六十数年前、昭和初期の句。このことを念頭に置かないと、句の良さはわからない。現代の句としても通用はするけれど、あまりにありふれた光景で、面白味には欠けてしまう。写真(NTT Digital Museumより転載)は、当時の公衆電話ボックス。東京市内でも、せいぜい数十ヶ所にしかなかったようだが、明治期の赤塗り六角型のボックスよりも、はるかに洗練されたモダンなデザインだ。で、この前で待っている「女」は、流行の先端を行くモガ(モダンガール)か、あるいは良家の子女だろうか。とにかく、電話をかける行為は、普及度の低かった昔にあって、庶民には羨ましい階層に属していることの証明みたいなものだった。美人が電話をかけているというだけで人だかりができた時代もあったそうだが、それは明治大正の話としても、まだそんな雰囲気は残っていた時の句である。要するに、この句はとてもハイカラな情景を詠んでいるのだ。そよ吹く「春の風」とお嬢さんとの取り合わせは、見事にモダンに決まっていたにちがいない。作者ならずとも、通りかかった人はみな、ちらりちらりと盗み見たことだろう。吉岡実は現代を代表する詩人で、十代から俳句や短歌にも親しみ、詩に力を注いだ後半生にも、夫人によれば句集を開かなかった日はほとんどなかったという(宗田安正)。『奴草』(2003・書肆山田)所収。(清水哲男)




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