April 2142003

 永き日や石ぬけ落る愛宕山

                           湯本希杖

語は「永き日(日永)」で春。暦の上で最も日の長いのは夏至のころだが、春は日の短い冬を体験した後だけに、日永の心持ちが強い季節だ。さて、この「愛宕山(あたごやま)」はどこの山だろうか。愛宕山と名前のつく山は全国に散在している。作者は江戸期信州の人だから、いまの軽井沢駅から見える愛宕山かもしれないが、判然としない。とにかく、その山を削って作った道に、高いところから「石」が「ぬけ落」ちてくる情景だ。といっても、そんなにたいそうな落石ではないだろう。ときに、ぱらっと小石や拳大ほどの石が落ちてくる程度。雪深い冬の間は、そういうことが起こらないので、「ほお」と作者は目を細めている。落石に春の日の長閑さを感じているわけだ。昔の山国の人ならではの春の味わい方である。作者の希杖は湯田中温泉の湯元で、一茶に傾倒し、一茶のために「如意の湯」という別荘まで建ててやっている。つまり、パトロンの一人であった。一茶も好んでよく滞在したようだが、ある日別荘から女中に託した希杖宛の手紙に曰く。「長々ありありしかれば此度が長のいとまごひになるかもしれず今夕ちと小ばやく一盃奉願上候」。要するに、しばらく会えなくなりそうだからと希杖を強迫(笑)して、晩酌の一本を無心しているのだ。むろん、希杖は早速酒を届けただろう。希杖は一茶よりも一つ年上だった。栗山純夫編『一茶十哲句集』(1942・信濃郷土誌出版社)所載。(清水哲男)




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