March 1132003

 馬の子や汝が定型に堪へる膝

                           竹中 宏

語は「馬の子」で春。春は、仔馬の生まれる時期だ。当歳時記では「春の馬」の項目に分類しておく。テレビでしか見たことはないけれど、生まれたばかりの仔馬は、間もなく立ち上がる。立ち上がろうとして、何度もよろけながら、それでも脚を懸命に踏ん張ってひょろりと立つ。「がんばれよ」と、思わずも声をかけたくなるシーンだ。そんな情景を詠んだ句だろう。それにしても「汝(な)が定型」とは、表現様式が俳句だけに、実に素晴らしい。馬が馬らしくあるべき姿は、言われてみれば、なるほど「定型」だ。その定型を少しでも早く成立させるために、仔馬はよろめきつつも、立ち上がろうとする。立ち上がるためには「膝」でおのれを支えなければならず、みずからの重さに「堪へ」て踏ん張る健気さは、生まれてもなかなか立ち上がることをしない人間にとっては、ひどく感動的である。お釈迦様は生まれてすぐにスタスタとお歩きになったそうだが、そんな話がまことしやかに伝えられていることからしても、容易に定型には近づけない人としては、逆にひどく定型にこだわるのかもしれない。ちなみに、馬の寿命はおよそ二十五年ほどだという。つまり、馬三代の時間を人は生きる理屈だが、しからば人はいつごろ定型として立つと言ってよいのだろうか。そんなことも、ちらりと考えさせられた。俳誌「翔臨」(第46号・2003年2月28日付)所載。(清水哲男)




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