February 1122003

 退屈なガソリンガール柳の芽

                           富安風生

語は「柳の芽」で春。一項目別建ての季語であることから、古来、その美しさを愛でる人々の多かったことが知れる。さて、わからないのが「ガソリンガール」だ。なんとなくガソリンスタンドに派遣された石油会社のキャンペーン・ガールを想像して、調べてみたら、単なる可愛い娘ちゃん役だけではなかったようだ。新居格(にい・いたる)という人の昭和初期の文章に、こんな件りがある。「ガソリン・ガールには、わたし達は直接に何の交渉もない。汽船の給水におけると同様、ガソリン・ガールは自動車に活力を與へる重要な任務をもつ。/わたしは内幸町を歩いてゐた。そこへ一臺のオートバイがガソリンを詰替るべくかけつけた。生憎、ガソリン・ガールは休んでゐた。/「何だ、居ないのか」さういつて疲れ切つたオートバイを引張つて行つた青年のがつかりした姿が、ありゝゝと目に残つてゐる。/わたしは目じるしの、シエルと英字で書いた街頭のガソリン供給の小舎に近づいた。管理人×××子その人は休日でゐなかつた。/街頭のまん中に黄色のポンプ、その前に小舎。小舎は小さい交番にもたぐへられる。/ガソリン・ガールの居所らしい小舎だ。窓の小いのも女らしい小舎の表現である。屋根の色、小舎の色。思ひ做しか何となく物優しい色に思へる。それに春の夕日が照り添つてゐる。ほの白い薄明のなかに「火氣嚴禁」がハツキリと浮かんで見える。/管理人のガソリン・ガールの休みの日だ。どんな人だか知る由もなかつたけれど、どうも、その人が知的美の持主で聰明さうに思へてならなかつた」。看板娘の意味合いもあったかもしれないが、実質的には給油から管理までを担当する「職業婦人」だった。芽吹く柳のかげに、客待ちで退屈しきったモダンな職業の女。これはそのまま、昭和モダンの一景として絵になっている。ちなみに、新居格は左翼の評論家として出発し、戦後は杉並区長に当選したという変わった経歴を持つ。「モガ(モダンガール)」という言葉を流行させたのも、この人だったらしい。『十三夜』(1937)所収。(清水哲男)




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