January 1412003

 ゆりかもめ消さうよ膝のラジカセを

                           佐藤映二

語は「ゆりかもめ(都鳥)」で冬。文学上では、在原業平の「名にしおはばいざ言問はん都鳥わが思ふ人は在りやなしやと」で有名だ。今日も隅田川あたりでは、ギューイギューイと鳴き交わし乱舞していることだろう。作者は岸辺でそんな光景を前にしているのだが、最前から近くにいる若者の鳴らしている「ラジカセ」の音が気になってしかたがない。そこでこの一句となったわけだが、「消せよ」ではなく「消さうよ」と呼びかけているところに、作者の心根の優しさが滲み出ている。音楽を楽しんでいる君の気持ちもわかるけど、せっかくの「ゆりかもめ」じゃないか。しばし、自然のままに、あるがままに過ごそうじゃないか……。ヘッドホンで聴くウォークマンが登場する以前のラジカセ時代には、句のように、公園などでもあちこちで音楽が鳴っていた。音楽を持ち運べるようにした工夫は画期的なものであり、これによって開発された文化的状況には素晴らしいものがある。が、他方では、これまでにはなかった新しい迷惑状況が生み出されたことも事実だ。ただ、当時のラジカセ族の気持ちのなかには、自分さえ楽しめればよいのだというよりも、周囲の人にも素敵な音楽を聞かせてあげたいという心情もあったのではないか。振り返ってみて、なんとなくそうも思われる。そうした雰囲気が感じられたので、にべもなく「消せよ」とはならなかったとも言えるだろう。『新版・俳句歳時記』(2001・雄山閣出版)所載。(清水哲男)




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