December 30122002

 豆腐屋のおから濛々年の暮

                           須原和男

日あたりが、正月用意のための買い物のピークだろうか。といっても、最近は正月二日から大半の店が開くので、さして買い込んでおく必要はない。そこへいくと、昔は三が日はどこも店を閉めたから、暮れの買い物は大変だった。荷物持ちのために亭主はむろん、子供もつきあわされ、普段は静かな商店街も大賑わい。そんな街でのヒトコマだ。当時の歳末の豆腐屋の様子は、たしかにこんなだったなあ。「おから」の湯気が「濛々(もうもう)」と店先にまで立ちこめ、その活気にうながされて、つい多めに買ってしまったりしたものだ。また、並びの魚屋や八百屋では威勢のいい売り声が飛び交い、街角には縁起物の市も立ち、焚火の煙がこれまた威勢よく上がっていた。パック物など無かったから、豆腐は一丁から買い、油揚げは一枚から買い、葱なども一本から買ったのだから、買い物メモは手放せなかった。メモを片手にあっちへ行ったりこっちへ来たりしているうちに、やがて日暮れ時となり、ああ今年も暮れてゆくのかと、故知らずセンチメンタルな気分になったことも懐しい。何でもかでも「昔はよかった」と言うつもりはないが、商店街での歳末の賑わいぶりだけは、昔のほうが格段によかった。賑やかさのなかに、ほのかな哀愁が漂っていた。『式根』(2002)所収。(清水哲男)




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