December 17122002

 天網恢恢疎にして枯けやき

                           三宅やよい

の項「枯木」に分類しておく。私の住む武蔵野一帯は、昔から「けやき」の樹の多いところで、俳句や短歌にもよく詠まれてきた。もうすっかり葉は落ちてしまい、枝だけが高いところで四方八方に張っている。ことに早朝の澄んだ大気の中で、明けてくる空を背景に黒々と網目状に広がって見えるシルエットは、息をのむような美しさだ。句の言うように、なるほどあれは「天網(てんもう)」である。「天網恢恢(てんもうかいかい)疎にして」の後は、御存知のように「漏らさず」とつづく。老子の「天網恢恢、疎而不失」より来ている。天の張った網目はあらいようだけれど、悪人を決して見逃すことはないという教訓だ。中学生のころに教室で習ってから、ついぞ思い出すこともなかつたが、掲句のおかげでよみがえってきた。といって、句の力点は教訓の中身にあるのではないだろう。あくまでも抽象的な「天網」の形状を、偶然に「枯けやき」のシルエットに発見した(ような気持ちになった)嬉しさを詠んでいる。「天網恢恢……」といかめしげな言葉の最後で、ポンと「枯けやき」に振った詠みぶりが、いかにもこの人らしい。『玩具帳』(2000)所収。(清水哲男)




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