November 15112002

 スケートの濡れ刃携へ人妻よ

                           鷹羽狩行

つて「家つきカーつきババア抜き」なる流行語があった。1960年ころのことだ。若い女性の理想的な結婚の条件を言ったものだが、流行した背景には、まだまだ「家なしカーなしババアつき」という現実があったからだ。掲句は、そんな社会的背景のなかで読まれている。嫁に行ったら家庭に入るのが当たり前だった時代に、共稼ぎでの仕事場ならばまだしも、遊びの場に若い「人妻」が出入りするなどは、それだけで一種ただならぬ出来事に写ったはずだ。しかも「スケート」を終えた句の人妻は、いかにもさっそうとしている。「濡れ刃携へ」は即物的な姿の描写にとどまらず、彼女の毅然たる内面をも物語っているだろう。行動的で自由で、どこか挑戦的な女。作者は、そのいわば危険な香りに魅力を覚えて、「人妻よ」と止めるしかなかった。「よ」は詠嘆でもなければ、むろん嗟嘆などではありえない。強いて言うならば、羨望を込めた絶句に近い表現である。この句が詠まれてから、まだ半世紀も経っていない。もはや人妻がスケート場にいても当たり前だし、第一「人妻」という言葉自体も廃れてきた。いまの若い人には、どう読まれるのだろうか。『誕生』(1965)所収。(清水哲男)




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