September 0792002

 恋遠しきりりと白き帯とんぼ

                           的野 雄

語は「とんぼ(蜻蛉)」で秋だが、実際の「とんぼ」ではなくて、絽などの帯に織り込まれたそれだと思う。白地に、かすかにとんぼの姿が浮き出ていて、どちらかといえば夏用の帯だろう。つまり、秋の涼しさを先取りした図柄ということに。もっとも、これは二十代の終りの頃、生活のために手伝った『和装小辞典』(池田書店)のためのニワカ勉強で得た知識からの類推なので、アテにはなりません。句の眼目は、そんな詮索にあるのではなく、「きりりと」の措辞にある。遠い恋、淡い恋。句集で作者の年代を見ると、私より七歳年長だ。そうすると、敗戦時には中学生か。となれば、戦後の和装どころではない時代に「とんぼ」の帯を見たのではなく、もう少し低年齢での思い出ということにならざるを得ない。「恋」というよりも、甘美なあこがれに近い心情の世界だ。近所の友だちのお姉さんか誰か、いずれにしても対象は身近な年上のひとだ。とんぼの帯を「きりりと」締めていた様子が忘れられなくて、いつもこの季節になると、切なくも甘酸っぱく思い返されるのである。「きりりと」とは、近寄りがたい雰囲気をあらわしていながら、だからこそ逆に近寄りたいという気持ちを誘発させられる。思春期のトバ口にあった頃の男の子の想いは、掲句のようにいつまでも残ってしまう。『斑猫』(2002)所収。(清水哲男)




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