September 0592002

 夢殿にちょっとすんでた竃馬

                           南村健治

語は「竃馬(かまどうま)」で秋。「いとど」とも言い、芭蕉『おくのほそ道』に「海士の屋は小海老にまじるいとどかな」と出てくる。湿ったかまどの周辺や土間などでよく見かけたものだが、いまではどこに棲息しているのだろうか。コオロギに似ているが、翅がなく鳴かない。とにかく、地味で淋しそうな虫だ。句は、そんな竃馬が、なんと、かの有名な法隆寺の「夢殿」に「ちょっとすんでた」ことがあるという。何故わかったかといえば、この虫が作者に語って聞かせたからである(笑)。そんじょそこらの竃馬とは虫の格が違うんだぞと、一寸の虫にも五分のプライドか……。まさか嘘ではなかろうが、得意げに髭を振って話している姿を想像すると、それこそ「ちょっと」可笑しい。このときに、むろん作者は他ならぬ人間界を意識しているわけで、そう言えば、こうした俗物感覚で物を言う人がいることに思い当たる。当人は有名な外国の都市に「ちょっと住んでた」だとか、著名人を「ちょっと知ってる」だとかと、しきりに「ちょっと」とさりげなさを強調するのだけれど、この「ちょっと」が曲者だ。謙虚に見せて、実は押し付けになるケースが多い。そうした押し付けに気がつかない人の自慢話を聞いていると、そのうちに「ちょっと」可哀想な気持ちにもなってくる。『大頭』(2002)所収。(清水哲男)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます