August 3082002

 酔眼の夜を一本の捕虫網

                           寺井谷子

語は「捕虫網」で夏。子供たちの夏休みも、もうすぐお終いだ。休みの間振り回した捕虫網の出番も、ぐんと減ってしまう。もっともこれは昔の話で、いまの宿題には昆虫採集など出ないだろう。少なくとも、都会地では無理難題だから……。いささか酔った作者は、帰宅のために夜道を歩いている。ふと前方に、なにやら白いものがゆらゆらと浮かびながら進んでいるのに目がとまった。なんだろうか。目を凝らして見ようとするのだが、酔眼ゆえか、はっきりとしない。まさか人魂の類ではないとしてなどと、しきりに思いをめぐらすうちに、はたと「捕虫網」であることに気がついたのである。真っ暗な夜道だから、持っている人の姿は見えない。白い網だけが、ただ揺れながら漂っている。酔眼のなかに、真っ白くくっきりとしたものが動いている図は、想像するだに幻想的だ。季節的には夏の盛りというよりも、晩夏の幻想世界としたほうが似合うだろう。こういう情景ともしばしお別れかと、逝く夏を惜しむ気持ちも重なって、いよいよ前を行く真っ白いものが鮮明さを増してくるようだ。『笑窪』(1986)所収。(清水哲男)




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