August 2682002

 鄙の宿夕貌汁を食はされし

                           正岡子規

文の「夕貌」の「貌」は、「白」の下に「ハ」を書く異体字が使われている。「夕貌(夕顔)」の花は夏の季語だが、この場合は実なので、秋季としてよいだろう。『仰臥漫録』に、八月二十六日の作とある(当歳時記では、便宜上夏の部に登録)。さして佳句とも思えないが、食いしん坊の子規が「食はされし」と辟易している様子が愉快だ。いかな「鄙(ひな)の宿」といえども、あんなに不味いものを出すことはないのにと、恨んでいる。子規にも、食べたくないものはあったのだ(笑)。私の子供の頃に、味噌汁の具として食べた記憶があるけれど、まったく味も素っ気もなかった。やはり、干瓢にしてからのほうが、よほど美味しい。さて、子規の猛然たる食いっぷりを、掲句を書きつけた日の記録から引用しておこう。この食生活に照らせば、句の恨みのほどがよくわかる。「朝 粥四椀、はぜの佃煮、梅干し(砂糖つけ)。昼 粥四椀、鰹のさしみ一人前、南瓜一皿、佃煮。夕 奈良茶飯四椀、なまり節(煮て、少し生にても)、茄子一皿」。これだけではない。この後に「この頃食ひ過ぎて食後いつも吐きかへす」とあり、「二時過牛乳一合ココア交ぜて、煎餅菓子パンなど十個ばかり」とある。そして、まだ足りずに「昼食後梨二つ、夕食後梨一つ」というのだから、食の細い私などは卒倒しそうになる。さすがに「健胃剤」を飲んでいたようだが、とどめの文章。「今日夕方大食のためにや例の下腹痛くてたまらず、暫くにして屁出で筋ゆるむ」です、と。(清水哲男)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます