August 2582002

 朝刊は秋田新報鰯雲

                           中岡毅雄

先での句。目覚めた部屋に配達されていた新聞を見ると、いわゆる中央紙ではなくて、地元の新聞だった。朝一番に旅情をもたらすのは、風景などではなくて、新聞だ。日ごろ読み慣れていない新聞に、ああ遠くまで来たのだという思いが強くわいてくる。さっとカーテンを引いて窓を開けると、思いがけないほどの上天気だった。鰯雲の浮く爽やかな秋晴れ。朝食までの時間、お茶でも飲みながらゆっくりと新聞に目を通す。窓からは、心地よい秋の風……。記事には知らない地名も多く、なじみのない店の広告もたくさん載っているけれど、これがまた旅行の楽しみなのだ。「朝刊は秋田新報」という表現は、たとえば落語の「サンマは目黒(に限る)」の言い方のように、「朝刊は秋田新報に限る」という気持ちに通じている。その土地では、その土地の新聞に限るのである。朝刊一紙の固有名詞で、旅の楽しさを巧みに言い止めた技ありの一句だ。なお、この「秋田新報」は、正式には「秋田魁(さきがけ)新報」と言う。明治期に創刊された伝統のある新聞だ。戦後の短い期間には「秋田新報」の題字で出ていたこともあるが、いまは「魁」の文字が入っている。でも、たぶん地元の人は「アキタサキガケシンポウ」などと長たらしくは呼ばずに、「あきたしんぽう」の愛称で親しんでいると思う。秋田のみなさま、如何でしょうか。『椰子・椰子会アンソロジー2001』所載。(清水哲男)

[追記]教えてくださる方があり、秋田では「さきがけ」と略しているそうです。作者が「さきがけ」の愛称を詠み込まなかったのは、自分が旅行者であることを明白にする意図があったのでしょうね。




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