August 2382002

 露草や分銅つまむピンセット

                           小川軽舟

分銅
語は「露草(つゆくさ)」で秋。雑草と言ってよいほどに、昔はどこてでも見かけられたが、最近はずいぶんと減ってしまった。花は藍色で、よく見ると、まことに微細にしてはかない味わいがある。その自然の微細と人工的な微細とを重ね合わせた掲句は、一瞬読者の呼吸を止めさせるように働きかけてくる。「分銅(ふんどう)」は、化学薬品などを精密に計量するための錘(おもり)だ。計り方そのものは単純で、上皿てんびんの片方に計りたい物を乗せ、片方に分銅を何個か乗せて釣り合いを取るだけ。父が化学に関わっていたので、写真と同じセットが我が家にもあった。分銅は付属の「ピンセット」で取り扱い、指を触れたり、落として傷をつけることのないよう注意しなければならない。「校正」と言うそうだが、そんな分銅の誤差を専門的に修正する商売までがある。何を計ったのだったか。実際に計らせてもらったときには、小さな分銅をつまんで乗せるまでは、ひとりでに呼吸が止まるという感じだった。息をすると、つまんだピンセットが震えてしまう。それほどに緊張を強いられる作業を専門としてつづけている人ならば、おそらく露草などの自然の微細なはかなさにも、思わず息を詰めるのではなかろうか。句の情景としては、たとえば大学の古ぼけた研究室の窓から、点々と咲く露草の様子が見えている……。『近所』(2001)所収。(清水哲男)




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