August 2082002

 夏逝くや油広がる水の上

                           廣瀬直人

の上ではとっくに秋になっているが、体感的な夏もそろそろ終りに近づいてきた。八月も下旬となると、ことに朝夕は涼しく感じられる。作者はそんな季節に、日中なお日の盛んな池か川の辺にたたずんでいる。「水の上」を見やると、何かの「油」が流れ出しており、日光を反射した油の輪が鈍い虹色を放っていた。一読、すぐに「油照」という季語が連想される。風がなく、じっとしていても脂汗(あぶらあせ)が滲んでくるような夏の暑さを言う。このときに掲句は、まさに本物の現象としての油照と言ってよいだろう。見ているだけで、脂汗が浮いてきそうだ。しかし、じっと油の輪が照り返す光りの様子を見ていると、静かに少しずつ輪が広がっていくのがわかる。広がっていくにつれて、虹色の光彩は徐々に薄まっていくのである。そこで作者は、今そのようにして夏が逝きつつあるのだと実感し、この句に至った。さすがの猛暑も、ついに水の上の油のように拡散し、静かに消えていこうとしている……。やがてすっかり油の輪が消えてしまうと、季節は「べとべと」の夏から「さらさら」の秋へと移っていく。油に着目した効果で、このように体感的にも説得力を持つ句だと読んだ。『矢竹』(2002)所収。(清水哲男)




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