August 1982002

 昼寝びと背中この世の側にして

                           小川双々子

語は「昼寝」で夏。そろそろ、大人の昼寝のシーズンもお終いだ。私は昼寝が大好きだが、涼しくなってくると、さすがに寝る気にはなれなくなる。暑さゆえの疲労感がなくなるからだろう。夜の睡眠とは違って、昼寝には明日の労働力再生産への準備といったような意味合いがない。たいてい、何の目的もない。だから、夜間に眠れなくて深刻に悩む人は多いけれど、昼間に寝られないからといって、気に病む人はいないはずだ。そして、昼寝に入るときの至福感は、入浴のときの「ああ、天国天国」という感じによく似ていると思う。当今流行の言葉で言えば、一種の「癒し」に通じている。作者はたぶん、そういう感覚から「昼寝びと」を見ているのだろう。すなわち、昼寝の当人は「天国」に向いている気持ちなのだが、起きている作者からすると、そういったものでもないのである。俯せにか、横向きにか。無邪気に寝入っている人の気持ちはともかく、見えている「背中」は「この世の側」に残っている。現実が、べったりと背中に貼り付いている。かといって、昼寝の人が故意にこの世に背を向けているのでもない。人の気持ちと現実とが乖離(かいり)している様子を、視覚的にとらえてみせた巧みさに、私は惹かれた。俳誌「地表」(2002年・第415号)所載。(清水哲男)




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