August 1882002

 流れよる枕わびしや秋出水

                           武原はん女

秋出水
には、しばしば集中豪雨や台風のために洪水に見舞われる。これが「秋出水(あきでみず)」。昔は、一村が流出することも珍しくはなかったという。田舎にいたころ、目覚めたら、土間に下駄がぷかりぷかりと浮いていた経験が、何度かある。水は低きに流れる。なんて小学生の常識だけれど、本当にそうなんだと納得できたのは、あのときだった。句は、大荒れの天候が一段落した後の情景だ。上流からは、実にいろいろなものが流れてくる。東京の多摩川近くに住んでいたことがあるので、私にもよくわかる。折れた大きな木の枝だとか材木だとか、濁流に翻弄されて形も定かでないいろいろなものが……。そんななかに「枕」があるのを、作者は認めた。枕の主の家は、たぶん流失したのだろう。そう思うと「わびしや」と言うしか、他に言葉がないのである。俳句にうるさい人は、この「わびしや」がくどくてうるさいと言うかもしれないけれど……。作者の武原はんは、地唄舞の名手だった。明治三十六年徳島に生まれ、十二歳で大阪の大和屋芸妓学校に入学。三味線・囃子・狂言・能・仕舞などの芸を学んだ後上京し、高浜虚子(俳句)藤間勘十郎・西川鯉三郎(舞踊)に師事。山村流を独自のものとし、代表作に「雪」「鐘の岬」などがある。写真は、特大の「秋出水」に見舞われたドイツのテレビ局ZDFのサイトより借用。『合本俳句歳時記』(1974・角川書店)所載。(清水哲男)




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