August 1182002

 追撃兵向日葵の影を越え斃れ

                           鈴木六林男

切手
説の一場面でもなければ、映画のそれでもない。まったき現実である。作者は、地獄の戦場と言われたフィリピンのバターン半島とコレヒドール島要塞戦の生き残りだ。あえて「越え斃(たお)る」と詠嘆せず、「越え斃れ」と記録性を重視しているところに、現場ならではの圧倒的な臨場感がある。極暑の真昼に、優位に敵を追撃していたはずの兵士が、一発の弾丸で、あるいは地雷を踏んで、あっけなく斃れてしまう。現場に参加している者にとってすら、信じられないような光景が白日の下に不意に出現するのだ。変哲もない向日葵の影で、変哲もなく人が死ぬ。これが戦争なのだと、作者はやり場のない憤怒を懸命にこらえて告発している。1942年(昭和十七年)、日本軍はバターンを包囲制圧し、相手方の司令官ダグラス・マッカーサーは「I shall return」のセリフを残して、夜陰に乗じ高速艇で脱出した。戦中の「少国民」のはしくれでしかなかった私も、この季節になると、戦争に思いを馳せる。そして、ただ偶然に生き残っただけの自分を確認する。それだけで、八月には意義がある。写真の切手は、フィリピンで1967年8月に発行されたマッカーサーのシルエットとコレヒドール奪還に上陸するパラシュート部隊。『荒天』所収。(清水哲男)




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