August 1082002

 秋暑し鏡少なき工学部

                           市川結子

学部に、人を訪ねた。暑い最中を歩いてきたこともあり、会う前にちょっと身繕いを直そうと鏡を探すのだが、なかなか見つからない。冷房の効いていない長い廊下で戸惑っている作者の姿が、目に浮かぶ。言われてみると、なるほど「工学部」とは、そういう場所のような気がする。むろん洗面所にはあるだろうけれど、古ぼけた小さな鏡が、薄暗い照明の下に申し訳程度に貼り付けられている(ような気がする)。いまでもたぶん、工学部には圧倒的に男子学生が多いから、あまり洒落っ気とは縁がないのだ。……と思えてもくるけれど、しかし新しい大学は別にして、では他の学部に鏡がたくさんあるのかというと、似たりよったりではなかろうか。昔から比較的女子学生が多いからといって、とくに文学部に鏡が多いというわけでもないだろう。なかで、なんとなく医学部や薬学部には他学部よりもありそうだが、実際にどうなのかは、意識して見たことがないのでわからない。だからといって、掲句の学部名を仮に法学部や経済学部に入れ替えてみても、どうもしっくりとはこないことに気がつく。やはり「工学部」でなければならない。そこが面白い。鏡の有無から学部の雰囲気を描き出すとは、さすがに女性ならではの発想である。感心した。『新版・俳句歳時記』(2001・雄山閣出版)所載。(清水哲男)




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