August 0682002

 かくらんに町医ひた待つ草家かな

                           杉田久女

語は「かくらん(霍乱)」で夏。暑気中りが原因で起きる病気の総称である。現在では日射病などの熱中症を指す場合が多いが、古くは命にかかわるようなコレラやチフスの重病も含めていたようだ。よく言われる「鬼の霍乱」は、重病のケースだろう。句意は明瞭。家族の誰かが急に具合が悪くなり、あまりに苦しそうなので、町から医者に来てもらうことにした。病人を励ましながら、医者を待つ時間の何と長くて暑く、心細くもいらいらさせられることか。「町」と「草家」の対比で、作者の家が町から遠い場所にあることが知れる。いまならば確実に救急車を呼ぶところだが、昔の村などではみな、こうしてじいっと医者が来るまで「ひた待つ」しかなかった。そのうちに、やっと看護婦を従えた医者が到着する。あれは不思議なもので、医者が到着するだけで家内の雰囲気がぱっと明るくなり、病人も安堵するので、もう半分くらいは治ったような気持ちになるものだ。少年時代の私も、病人としてその雰囲気を体験したことがある。「助かった」と、心底思ったことであった。久女に、もう一句。「かくらんやまぶた凹みて寝入る母」。しかるべき処置をして、医者が帰っていった後の句だろう。やつれてはいるけれど、すっかり安心して、静かに寝入っている母よ。『新歳時記・夏』(1989・河出文庫)所載。(清水哲男)




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