August 0482002

 河童の恋する宿や夏の月

                           与謝蕪村

河童
際に蕪村の前にある情景は、黒々とした沼の上に月がのぼっているだけである。その沼を「河童(かわたろ)」の宿(住み処)と見立てたところから、蕪村独特の世界が広がった。河童が恋しているのは同類の異性とも読めるが、それでは面白くない。彼の思慕する相手が人間と読んでこそ、不思議な気配が漂ってくる。そう読むと、この月も花札に描かれているような幻想的なそれであり、やや赤みを帯びているようにすら思われる。こともあろうに人間を恋してしまった河童の苦しみが、辺り一面に妖気となって立ち上っている……。さて、これから河童はどんな行動に出るのだろうかと、さながら夏の夜の怪談噺のまくらのような句だ。このように読者をすっと手元に引き寄せる巧みな詠みぶりは、蕪村の他の句にもたくさん見られる。ときにあまりにも芝居がかっていて鼻白んでしまうこともあるけれど、掲句ではそのあたりの抑制は効いていると思った。河童の存在については、諸説あってややこしい。いずれにしても、掲句は人々がまだ身近に河童を感じていた時代ならではの作品だ。蕪村のころの読者ならば、ただちに河童の恋の相手が人間だとわかっただろう。絵は小川芋銭の「河童百図」のうち「葭のズヰから(天井のぞく)」。(清水哲男)




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