July 1372002

 人間に火星近づく暑さかな

                           萩原朔太郎

句については、昨年前橋文学館で、以下のように話しました。速記録より、ほぼそのまんま。……今みたいに解明された、あそこには何もないんだよ、という火星とは、ちょっと朔太郎の使った時代には違っていて、もう少し、火星には何かあるに違いない、というような火星が近づいてきてるわけですね。この「人間に近づく」っていうのが手柄だと思いますよ。「地球」に近づくだったら、あまり面白くなくなる。「人間」に「火の玉」のような星が近づいてくる。だから「暑さかな」ってのは、暑くてかなわん、というよりも、何かこう暑さの中に不気味なものが混ざっているような暑さということで、単にもう、暑いから水浴びでもするかっていうふうなことじゃなくて、水浴びなんかしたって取れないような暑さ、ちょっと粘り着くような暑さが感じられる句で、冬に読むとあまり実感が湧かないかもしれません。これ真夏の暑いときに、暑さにもいろいろありますからね、もう本当に暑くて暑くて何も考えられなくて、シャワーでも浴びるかっていうのもあれば、何か不気味な感じの、何か粘つくような暑さっていうのもあって、どっちかっていうと、これは粘つくような暑さを読んだ句だなあと思って、これはなかなか、なかなかというと失礼ですけど、これは非常に、非常な名句だと思います。『萩原朔太郎全集・第三巻』(1986・筑摩書房)所収。(清水哲男)




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