July 0972002

 命令で油虫打つ職にあり

                           守屋明俊

語は「油虫」(「ごきぶり」とも)で夏。同じ句集に「ごきぶりを打ちし靴拭き男秘書」とあり、作者の「職」種がわかる。会社の秘書室などというところは、一般社員からすると一種伏魔殿のように思える部署だ。いつも落ち着きはらった顔の秘書たちは、とうてい同じ社員とは写らない。そんな秘書のイメージをぶち破る句でなかなかに痛快だけれど、当の秘書である作者にしてみればとんでもない話なのである。自嘲しながらも、「命令」だから「油虫」を打ってまわらねばならない。脱いだ靴を手に油虫の出現に身構える男の姿は、テレビドラマにでも出てきそうだ。こんな姿は、家人にも友人知己にも見せられない。でも、いまはこれが俺の仕事なのだと思うと、ひどくみじめに感じる反面、一方では笑いだしたくなる気分も涌いているのではあるまいか。程度の差はあれ、どんな職業に従事しようとも、類したことは多少とも身にふりかかるだろう。業務「命令」はとりあえず順守しなければ契約違反になりかねないので、とりあえずこなさなければならない。なんて固いことを言う前に、昔からの社風といったものが無言の圧力となって、たいていの人は我慢しているのではあるまいか。まことに、家族を養い食っていくのは忍耐のいることだ。親は革靴にぎらせて、ごきぶり殺せとをしへしや……。君泣きたまふこと勿れ。『西日家族』(1999)所収。(清水哲男)




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