June 0262002

 夏蓬ふぁうる・ふらいを兄が追い

                           中烏健二

語は「夏蓬(なつよもぎ)」。蓬餅にするころの蓬はやわらかくて可愛げがあるが、成長した蓬には荒々しい感じすら受ける。夏には丈が一メートルほどにも伸びるものがあり、引っこ抜こうにも根が頑強で始末におえない。「さながらに河原蓬は木となりぬ」(中村草田男)。となれば、句の情景は典型的な草野球だ。ここで、注目すべきは「ファウル・フライ」ではなく「ふぁうる・ふらい」の平仮名表記。夏蓬に足を取られてたどたどしく追いかける「兄」の姿を、直接的にではなく間接的に見事に表現しえている。フライそのものもひょろひょろっと上がったのだろうが、兄の様子もひょろひょろしていて心もとない。たしかに夏蓬は群生しており、兄の頼りなさも多くそのせいではあるのだが、なんだか兄のとても弱くて脆い面、見てはいけない姿を見てしまったような気分なのだ。整備されたグラウンドでは、いかにひょろひょろしようとも、平仮名表記にはならないだろう。そんな頼りない兄の姿は、まず日頃の生活ではお目にかかれない。他人であれば句にならない場面を、こうして書き留める作者には、おそらく近親憎悪の心も働いているのではあるまいか。すらっと読めばほほ笑ましいようなシーンだけれど、私にはこんなふうに思えてならない。草野球にも、さまざまな心理の綾が飛び交っている。『愛のフランケンシュタイン』(1989)所収。(清水哲男)




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