May 3052002

 香水や優柔不断盾として

                           佐藤博美

語は「香水」で夏。身だしなみを整え、これから外出するところ。でも、心弾む外出ではない。先方では難題が待ち受けていて、何らかの態度を決めなければならないのだ。どう応接すべきか。いくら思案しても、どうしたらよいのか結論が出ない。決めかねたままに、外出の時間が迫ってきた。で、仕上げの香をしのばせながら思い決めたのが「優柔不断」……。今日のところはこれを「盾(たて)」として、結論をもう少し先延ばしにするしかないだろう、と。男であれば、さしずめネクタイを締めながら心を決める場面だ。言われてみれば、優柔不断もたしかに堅牢な盾となる。香水の句で有名なのは、中村草田男の「香水の香ぞ鉄壁をなせりける」だ。この「鉄壁」の本質が、実は女性の優柔不断だったらどうだろうと思うと、草田男の生真面目さに切なさと可笑しさが同時にこみあげてくる。ところで、この句を読んであらためて気がついたのは、私は外出寸前に態度を決めることが多いということだった。難題に対してばかりではなく、気ままな遊びでのコース選びについても同様だ。目的地までのバスや電車のなかでは、なかなか考えがまとまらない。というよりも、ほとんど思考停止の状態になってしまう。変更する時間の余裕はたっぷりあっても、結局は家で決めた通りの道筋をたどることになる。すなわち、家から持ちだした盾を後生大事に抱えてしか歩けないというわけだ。なんでしょうかねえ、これって。『私』(1997)所収。(清水哲男)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます