May 1852002

 夏に入るや亀の子束子三つほど

                           西野文代

語は「夏(げ)に入る(夏入)」で夏。立夏や夏至のことではない。僧侶が、屋内に籠って静かに行を修することをいう。期間は必ずしも一定していないようだが、だいたい旧暦四月中旬から七月中旬までの間で、「安居(あんご)」「夏行(げぎょう)」などとも。この期間、外に出ると蟻やその他の虫を踏み殺すというので、一切外出しないのが本来の夏入だという説もある。お坊さんも大変だ。作者は寺の多い京都の人だから、ふとそのことを思い出して、お坊さんほどに精進はできないにしても、せめて家中の汚れものや浴室をピカピカに磨こうかと「亀の子束子(かめのこたわし)」を求めたのだろう。一つではなく「三つ」も買ったところに、気合いを入れた感じが出ている。作者によれば、求めた店は先斗町北詰にある荒物屋。「そこだけがまるで時代から取り残されたように昔のたたずまいを残している。荒物屋といっても棕櫚製品だけを扱っている店だ。今どき、こんなものがと思われるようななつかしい品々がひっそりと並べられている。荒神箒の大中小、刷毛の大中小、更に豆刷毛の大中小、縄も太いの細いのに中細。柄付束子の大中小に亀の子束子の大中小。……」。しかも、店番をしているのが「大正か昭和のはじめ頃から抜け出てきたような小母さん」だというから、ここで「夏入」の季節を思い出すのはごく自然のことかもしれない。それにしても、京都にこんな店が生き残っているとは。どなたか発見されましたら、ご一報を。『おはいりやして』(1998)所収。(清水哲男)




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